今から 1300 年前、斉明天皇が百済救援に朝倉に来られた時に宮廷を設けられ、そこを橘廣庭宮と名づけられました。天皇は、滞在わずか 75 日で崩御されましたが、中大兄皇子(後の天智天皇)が住まわれた所と伝えられています。当時の建物は、堀立式で、藁か茅葺だったであろうといわれています。なお西方には「天子の森」をのぞみ、丘の上に立つ碑からみる朝倉の野はのどかで、広庭と名付けた万葉人の想いに共感する景観が広がっています。
◆お問合せ:0946-24-6758(朝倉市観光協会)
◆関連リンク:恵蘇八幡宮 、桂の池と源太じいの墓
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